僕はビルの窓から呆けたように外を眺めていた。仕事場で大恥をかかされた上に首になってしまったのだ。
上司を殺害して俺もしぬかぁなどと不適切な考えをめぐらせていると、突然目の前を黒い大きな影が目の前を上から下へ通り過ぎていった。
僕は反射的に窓をあけ、落下していく物体を確かめた。
落下していく物体は人間だった。
風圧に揺らめく長い黒髪。透き通る白い肌。女の子だった。
物凄い速度で落下していく彼女は、器用にも足から落ちていき、顔は天に向けその視線は少しもぶれることがなかった。
冷徹で生気を感じさせないその美しくも脆弱な視線。僕の視線は彼女の視線に完全に取り込まれてしまっていた。
一目惚れという奴なのだろうか。気がついたときには僕はもう地を蹴り窓から飛び出していった。
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あれからもう20年が経った。
20年前、僕は何とか彼女に追いつき彼女を抱きとめたのだ。
そのときの彼女の驚いたような安らいだような顔は今でも脳裏にちらついてはニヤニヤしてしまう。
まあ、僕が彼女の心を開いていった過程についてはここでは語るまい。どうでもいいことだ。
今では2歳になる娘もいる。それもどうでもいいこと。
大事なことはまだ僕たちが落ち続けているということだ。
高度に発達した人間の建築技術はビルを際限なく上へ上へと成長させてきた。
僕がビルの中にいた時だって、もう誰もビルの高さなんて考えたことがなかったし、「階」なんて概念もほとんど消えうせていた。
だから僕にも彼女にも何年後、何ヵ月後、はたまた何分後に地面に衝突するか分からない。
でも幸いにして、眼下には薄い靄が張っていて地面が確認できないので、衝突まではしばらく時間があるように思える。
一度は捨てた人生だ。衝突するまでの間(もしくは落ちながら死んでしまうかもしれない)の幸せな時間を楽しもうと思う。
妻は「娘には出会いがなくてかわいそうだ」と言っているが、もしかすると妻似の娘には私のように追っかけてくる男が現れるかもしれないし。